日本のすがた・かたち
古代から先人たちは安全で豊かな生活を営むことを目指してきました。
特に空気や水の汚れには敏感で、人体に悪影響を及ぼすようなものを忌み嫌い、適切な対応をしてきました。
産業革命以来、安全だった空気や水に問題が生じるようになり、やがて公害などという広範囲に害を及ぼす時代を迎えました。
これらの害は利潤を追求するための犠牲は厭わない、という社会風潮が生み出したものでした。結果は過去のイタイイタイ病や現代の公害である中国のPM2.5などの経緯を見れば分かります。要は先人の智慧の継承のようです。
我が国は明治期から西洋の文明化を推し進めました。その結果、日本だけが導入成功を成し遂げたといわれます。私は木の建築の歴史からそれを理解しましたが、ヒントは江戸時代の暮らしで、幕末の状況でした。
幕末は世界一の識字率といわれ、高度なものづくりの基礎技術、日本列島をカバーする物流網の完成、通行の自由度、庶民の購買力など。つまり我が国には外国から文明を受け入れ、それを日本化するだけの消化力の高い文化と、それを新たなものづくりに転化させ得る好奇心と志向と智慧を保持していたということです。
過日、中国仏教界と交流のある知人から、浙江省にある木造寺院再建の相談を受けました。
そこで改めて分かったことは、木材がない、人(工匠)がいない、継承されている技術がない、という現実でした。日本でいう大工の棟梁たちは先の文化大革命でことごとく抹殺されたとのことでした。
私も三度中国を訪ね、各地を回って来ましたが、伝統的な木の建築工事は皆無でした。建築用材として使えそうな森林も見ることが出来ませんでした。
何故か。
中国や西欧諸国では文化を継承させるどころか、前王朝が育んできた文化を根絶やしにしてきたからです。
旧石器、縄文、弥生…、飛鳥、奈良、平安…、江戸、明治、大正、昭和、現代の平成まで、約3万年が経過しています。その間に我が国の住人は、混血はあっても単一民族として今日に至っています。しかも民族が有する文化・文明を共有し、継承し伝達をしてきました。
旧石器…夏、殷、周、東周、春秋戦国、秦、前漢、新、後漢、魏、蜀……、北魏…、隋、唐、五代十国、宋、金、南宋、元、明、清、中華人民共和国。
文化四千年の歴史という中国では、各王朝毎に民族は入れ替わり、文化の継承は絶たれてきた歴史です。これは西欧諸国も一緒で、イギリスは四百年余、アメリカは二百年余です。
この文化・文明を共有しているから何、ということではなく、日本人の特質にこの時間の継承があるという事実です。私は木の建築からこの継続の歴史を知りました。
我が国の木の建築にはこの三万年という時間の継承があります。木の建築を造って行くことは歴史を生きて行くということです。
歴史を生きていることは、生かされている命の大切さを知ることだと思っています。