日本のすがた・かたち
年の瀬が近づいてくると神棚や仏壇が特別な存在になってきます。
お正月は新たな年に際し、歳神様を迎え、一年の無事と幸いを願うことになります。
私にとっての歳神様は目には見えませんが、大いなるものという自然界の霊力や、先祖など、私の日常を加護してくれていると思われる存在になります。
身を清め、元旦の初日の出を拝み、初詣で心を新たにし、家の神仏に礼拝してから、神酒とお節料理を頂く…。この生活習慣は数十年来続いています。
そして必ず子供の頃の回想をします。
大晦日の夜に、元日に着る真新しい下着を枕元に置いて寝る。常は新しい衣服は身に付けることはなく、兄たちのお古が定番で、ほころびは母が繕ったものしか着せてもらえませんでした。ですがこのお正月には新調の下着を着ることができるため、毎年新しく生まれ変わったような気持ちで、お年玉をもらうよりも嬉しかったことを思い出します。
私の回帰経路は、歳神様から新調の下着に移り、そして亡き父母や兄姉たちを偲ぶコースとなります。
長じてから家族の生活習慣や家風というようなものが、いかに自分にとって大切なものだったかを知るようになりました。
神仏への敬い、家族との礼節、家事の手伝い、立ち居振る舞い、男児の心得、祭りの継承、食事作法、人様に迷惑をかけないこと、そして出処進退など、今にしてそれを思います。そして貧しかったけれど、その家族の一員で良かった、小さくとも誰もが家族のような町に育って良かったと思う昨今です。
ひとりで産まれ、人間のなかに生き、そして家族を成し、子を育て、そしてまた誰もがその繰り返しをする。人の間で生きて、人の中で育ち、人のお蔭で暮らしている…。
そして私もご他聞にもれず、いつの間にか次の時代を担う若者たちに、自分の中にある先人の智慧を伝えたいと思うようになっていました。
日本列島に住まいする人たちは、海や川や山と一緒に生活してきました。そこから生まれ育まれてきた風習や精神性が、私たちに生きる望みや力を与えてきました。その原点は生活習慣の中で育まれたものと思います。
それは私にとって生きていく上での行動規範となっています。何か問題に直面すると、その解決は、子供の頃から教えられてきた生活の智慧がしてくれているようです。
その智慧とは、先人が営々と築きあげ伝えてきた「日本人の美しい生活」だと思っています。
暦の数字が少なくなってくると、私は新しい下着の匂いや今は亡き人たちを偲び、そして日本人の美しい生活に思いを致します。
(写真 2013年元日の初日の出の直前風景 )