日本のすがた・かたち

2010年10月11日
日本仏教

HP-101011.jpg
仏とも神ともいえる国に住み 智慧をまにまに後に伝へむ
日本には日本の仏教があるように思います。
2500年前頃、釈迦によって北インドで生まれた仏教は、東南アジア、中国、朝鮮半島を経て538年に我が国に公伝したものといわれています。
飛鳥時代から平安時代までの仏教は「鎮護国家」が目的で、一部の特権階級のためにあったものでしたが、鎌倉時代に興った日蓮宗や浄土宗は、一般民衆の救いという立場にたった画期的なものでした。老若男女の誰でもが成仏できるという教えは、燎原の火の如くひろがりました。
この頃伝来した禅宗は釈迦の正伝といわれ、仏教徒としての修行がその前提にありましたが、「極楽浄土に往生する」という教えはそれまでの仏教の教えにはないものでした。
釈迦が活躍した時代のインドではバラモン教(後のヒンドウー教)が主流で、仏教は新興宗教として北インドを中心に広がりました。その教えの中の根幹を成す、人は死ぬとどうなるかという死生観に違いがありました。釈迦は、人は死ぬと因果報来の法則によって輪廻(生まれ変わる)するというヒンドウー教の教えを、輪廻において主体となるべき「我」は、永遠不変ではない、「無我」、と否定したとのことです。
現代仏教でも、釈迦の教えの解釈は分かれるところですが、この天上道、人間道、修羅道、畜生道、餓鬼道、地獄道の六道に輪廻するという考え方が一部の宗派を除き基本となっているようです。
浄土宗や浄土真宗では、この六道に輪廻するという考え方から脱し、独自の阿弥陀如来による「極楽往生」という教えを説きました。人間は誰でもが“南無阿弥陀仏”と唱えれば阿弥陀如来が極楽へ連れて往ってくれて、そこで生きるというのです。そしてまた人間世界に戻って「菩薩道」を行うということのようです。これは釈迦の教えを否定したようなものですが、私はここに日本仏教の在り方をみる思いがしています。
古来より我が国には様々な異文化とそれに伴う文物が将来されてきました。先人はそれらをこの列島の気候風土に合うように変化させ、人々の暮らしに適するようにそのすがた・かたちを作り直して新しいものにしてきました。その巨大な胃袋の消化酵素は素晴らしい、の一語に尽きるものです。
日本的仏教は神道と共に、日本文化を形成する柱のひとつです。私たちはそれらの肌理細やかで美まし風習と、儀礼儀式のなかで暮らしています。正月からの年中行事をみればそれが分かります。
この世にある凡ての説を仮説としても、先人はその仮説のどこを観るのか、生きてゆくための智慧をどのように体得してゆくのかを指さしてきました。日本仏教は人間の死後の世界を明らかにして、人々の生きる縁(よすが)となっています。
日本仏教の素晴らしいところは、神道とともにあるところではないか、と私は思っています。
(写真 インド・ピプラハワ 仏陀の象徴 蓮)


2010年10月11日