日本のすがた・かたち
白雲が去りゆくさまは水の如
長るけき空は妨げもせず
人間の苦しみのひとつに別れがあります。
釈尊は「生老病死」の四苦が人間の苦しみの基本にあると教えています。そのいずれにも別れがつきまとっています。生老病死に「別」という文字をつけてみるとそれが理解できます。人間の一生は別れる連続といっても過言でないようです。
“人は老いると幼な子に帰る”といいますが、改めて周りを見渡すと、高齢者が多くなっているせいかその感を強くします。
幼い頃から躾けられた礼儀作法や、集団生活のためのルール習得や規範も老いが進んでくると、待っていました、とばかり身についてきたものが肉体から離れ、別れていくようです。
あれ程努力して習得してきた学問も、身につけてきた一芸も、美しく強靭だった肉体も、老いは一瞬の内に別れを促し、もの心つく前の幼児に戻すかのようです。これは老いてゆくことの別れです。
良寛が詠んだ別れの詩があります。
相逢又相別 相い逢(お)うて 又 相別る
來去白雲心 来去(きょらい)は 白雲の心
惟留霜毫跡 惟(ただ) 霜毫(そうごう)の跡を留むるのみ
人間不可尋 人間(じんかん) 尋ぬべからず
〈お互いに出会って、またお別れする。そのさまは、去来する白雲の無心さのよう。ただ書きとめた筆の跡だけは残っている。お会いしたくても尋ねられない〉
出合いと別れは苦しみのすがた・かたちともいえます。
人間は古今東西、これから逃れる術はないとしてきたようです。
先哲は、老いからくる別れは自然現象として捉え、それに対応する答を与えていないようで、強いていえば成り行きに任すように教え、諭してきました。
そして先人は、人間の根源的な苦しみ、別れに対応する記述を遺してきました。
万巻の書物に著してきた軌跡をみればそれが理解できます。
凡ての苦しみの源は”我が心中”にあり、己が変わることによってそれが喜びにも換えることができる、とは先人の言葉です。中でも我が国の先人は、その喜びの元は人と「和する」ことだ、と看破しています。
オジさまからジイさまへとまっしぐらの小生は、良寛の詩のように、未だ“相逢又相別”の日々の真っ只中に、ふわふわっ、と漂っています。