日本のすがた・かたち
今年の秋に茶事を催すことにしています。
準備は半年前からと決めていますが、今回は水指に土器を使ってみようかと思い立ち、先日、倉庫を探してみました。
(確かあったはずだ、…。)と。
2000年にタイ・チェンマイを訪ねまた折に見かけた土器があり、なぜか気になったので、ガイドを介し求めたものでした。あれから約20年。
探し、出てきたものは、やはりタイ・バンチェン遺跡出土の土器でした。
ベルリンの東アジア美術館や東京博物館に所蔵されているバーンチエン出土の土器と同類のもので、彩色はされていませんが、紀元前二千年~三千年前のものといわれているものでした。また土器を確認してみると、文様は目の粗い紐(縄)文でした。
タイでは、日本でいう縄文期の約一万五千年前よりもっと前の旧石器時代から、農耕生活をしていた先住民がいて、黄河文明・メソポタミア文明とは違った、東南アジア独自の文明を持った民族の存在が確認されています。
稲作や豚などの家畜が行われ、ガラスや、青銅器・鉄器などが使われていたことにより、中国を起源とする青銅器の歴史も覆りました。
我が国でも旧石器時代にはすでに木造の竪穴住居に住み、生活していたことが判っていますが、東南アジアでも同じような人間が暮らしていた可能性も否定できず、今後の発掘研究成果が楽しみです。
茶事にはもうひとつ日本の縄文文化と中国・江山文化の文物を荘る予定にしています。
ふとしたご縁で入手した内モンゴル自治区出土の江山文化の遺物は、日本の縄文期に暮らした人たちとほぼ同じような価値観を有していたことを解らせてくれています。
日本の縄文土器に表された記号は、「男女が愛し合うこと」、「子供に恵まれ無事に出産できること」、「作物がたくさん収穫できること」だと解明されています。
何時の世にも「男女と子孫、食べて行けること」これが真理で願いというもので、人間が願い祈る心理はこれ以外の何ものでもないようです。
茶事の主題は「五千年の昔」となりそうです。
人類出現以来現代まで、人間の欲望と苦しみに変わりはないようです。
茶の湯には、人がひととして生きて行ける領域があります。
掃除から始まり、掃除に終わることは人の一生の縮図のようです。
客人は縄文の水指を観て、さて、何と言われるか…。
写真:タイ・バンチェン遺跡の土器(WEBより)