ギャラリー珎玄齋 オークション出品履歴
№-56
タイ・サワンカローク白濁釉褐彩鸚鵡鈕合子15~16世紀
サワンカロークは、現在の中部スコータイ県サワンカローク地方にあった古窯名から呼ばれるタイ陶磁名である。
スコータイ王朝の衛星都市として発展し、13世紀ラームカムヘーン王時代に華僑によって陶磁器技術がもたらされ窯業が盛んとなった。
日本では戦国時代や江戸時代に輸入され、茶人に宋胡録(すんころく)と呼ばれた。
この地方で作られた焼き物は13世紀末から15世紀頃にかけて焼成され、一部の香合など小物類は16世紀頃まで作られていたといわれる。
小型の合子類は、元々はキンマ(ビンロウジと石灰とキンマの葉を噛む習慣による嗜好品)の入れる容器として作られたものだが、日本では茶人の使う香合として江戸時代の頃より珍重された。
作品説明
時代15~16世紀
オムコイ出土品
本体は果実マンゴスチンの実を模したものとされるが、蓋には珍しい鸚鵡の鈕が付く。
果実の蔕のような鈕が付くものは「柿香合」と呼ばれ、「形物香合相撲番付表」(安政2年1855年刊)の西前頭六に位置づけられているが、鸚鵡鈕は希少と思える。
身蓋とも線彫りで文様を表わし、褐釉と白濁失透釉で塗り分けてある。
身の内面にも褐釉が掛かる。
経年変化による風化があるが、欠けなどはなく完品といえる。
洗浄済。
サイズ
径:5.9 高さ:5.6センチ
№-57
タイ・オムコイ出土 青銅碗17~18世紀
タイ北西部のミャンマーとの国境を隔てるタノントンチャイ山脈がある。
近年、山腹から夥しい数の陶磁器類が出土し、世界陶磁史上に大きな影響を与えてきた。
当初、出土ケ所は墳墓の副葬品とされたが、中国宋、元、明、清の高級陶磁器が数多く出土した場所が数百キロに及ぶ山脈の高度1300m付近であることや、当時の交易、巡礼ルートであったことも判明し、また窖蔵説(こうぞう・戦争などの難を逃れるため意図的に埋められた中国の遺跡形態)もあり、未だ特定に至っていない。
その中で副葬品として青銅碗は位置づけられている。
鉄器、腕輪、などと共に大中小があり、往時の人の生活が偲ばれる文物である。
作品説明
時代17~18世紀
オムコイ出土品
明中期から清初にかけての陶磁器類が出土した際、白釉緑彩大壺の中にあった黄銅碗のひとつ。
錆の程度から18世紀末のものと推定される。
考古学的資料となると思われる。
水洗浄済。
サイズ
径:10.0 高さ4.3センチ
発掘時の参考写真
№-58
安南染付蓮弁文碗15~16世紀
安南(ベトナム)染付は、白磁の釉下にコバルトで絵付けを施した磁器のことで、我が国では染付、中国では青花と呼ばれる。
ベトナム陶の胎土は、当初は陶器質、次に半磁器質、磁器質へと移行して行った。
染付焼成は14世紀後半に始まっていたという説があるが、通説では1407年の中国・明朝のベトナム侵攻前後に、中国陶工の移住があったことから、15世紀初頭となっている。
安南染付は17世紀になると釉薬に灰分が多く含まれるものを使うようになり、下絵が滲んだものとなる。これを藍染め絞りに見立て絞り手と呼んだ。
作品説明
時代15~16世紀
オムコイ出土品
胎土は半磁器質で、17世紀の絞り手の作られる以前の染付と思われる。
口辺は端反りで、立ち上がり部に東南アジアに流行した蓮弁文が描かれている。
内外部とも円で文様区分を作り、内部の口辺周りの点線は意匠的に斬新である。
安南染付の典型的なものとして茶人に好まれる一碗といえる。
洗浄済。
サイズ
径:13.9 高さ6.8センチ
№C-1
タイ出土 中国明・青磁刻花花弁文花入16~17世紀
青磁は、釉薬の中に含まれる鉄分が還元炎焼成によって青く発色した焼物で、時に黄色や灰青色になる場合もあるが、総じて青磁と呼ぶ。
中国の青磁は、南宋後期(13世紀)に越州窯の支窯であった龍泉窯(浙江省)がみごとな釉色をもつ砧(きぬた)青磁を焼造し、日本にも大量に輸出されたものが伝世している。
龍泉窯は元代(14世紀)を経て明代後期(16世紀)に透明性の強い灰緑色の青磁へと変じたが、日本では元代の竜泉窯を天竜寺青磁、明代のそれを七官青磁と呼んでいる。
作品解説
時代 16~17世紀
タイ・オムコイ出土品
花入は下蕪形で、刻花の技法で花弁を彫り出した明代龍泉窯青磁と考えられる。
磁器質の器胎は白く良質で、透明性の強い青緑色の色調は美しく、貫入肌も申し分ない。
2004年タイ・オムコイ出土のものであるが、発掘時に底を破損したため抜けている。
16世紀後半の龍泉窯青磁の特色を備えた良品で、修復をすれば使用可能である。
研究資料としても貴重といえる。
洗浄済。
サイズ
口径:8.0 胴径:14.9 底径:8.7 高さ:23.4センチ
№C-2
タイ出土 中国明・古染付詩箋茶碗17~18世紀
中国の明朝末期に景徳鎮窯で焼かれた粗雑な青花磁器。
古染付の呼称は、日本で近代になってからのもので、江戸時代には南京染付、南京赤絵といわれていた。
古染付系のものは2種に大別されるという。
その一つは碗、皿、鉢などの日常食器であり、造りは薄手で、見込にはいかにも飄逸、軽妙洒脱な絵模様が描かれているのが特色で、この文様に魅力を感じた江戸初期の茶人が、景徳鎮窯に水指、花入、向付、鉢、香合などを注文し作られたのが、粗厚で風韻のある古染付で、いまひとつは明の天啓年間(1621~27)に焼造された優品とみられていた。
近年、タイ西北部より染付や赤絵が発掘され、その量と質により、また田杭窯の調査などにより、素三彩、交趾、古染付系のものは景徳鎮や福建省漳州などから主として東南アジアに輸出されたものと判明した。
日本から注文したとされた茶道具類も、相当な数が出土していることから、注文説は覆がえり、当時の中国陶磁器は、主として東南アジアに渡っていたことが裏付けられている。
発掘された大量の古染付は完品が多いことから、我が国に渡った古染付の虫喰い物は、当時は「珍しい品」であり、後から侘びがあると意味付けされた可能性が高い。
タイで発掘された宋、元、明、清初の中国陶磁器は、世界陶磁史を変える可能性を秘めている。
作品解説
時代 17~18世紀
タイ・オムコイ出土品
詩仙とは円筒状の胴を浅い輪花に絞り、括れに藍で竪筋を入れ、口廻りに雷文繋ぎを描いたもので、桶川ともいわれる。
日本に輸入され桶側水指と呼ばれる同意匠のものは、大、中、小と三種類発掘され、当茶碗は小の部類に入る。
経年のため僅かな風化は見えるが、欠けもなく、肌も美しく完品といえる。
高台内には砂が混入し、砂の上に置いて焼成したことが解る。
胎土、呉須の色、釉薬、作りなどから福建省漳州窯ではなく、景徳鎮民窯作品と考えられる。
サイズ
径:11.6 高さ:7.3センチ
№C-3
タイ出土 中国明・赤絵牡丹菊文鉢17~18世紀
中国明末期に景徳鎮民窯で焼造されたといわれる赤絵磁器。
江戸時代には南京赤絵といわれ古染付系の中に分類されていた。
古染付系は2種に大別されるという。
その一つは碗、皿、鉢などの日常食器であり、造りは薄手で、見込にはいかにも飄逸、軽妙洒脱な絵模様が描かれているのが特色で、この文様に魅力を感じた江戸初期の茶人が、景徳鎮窯に水指、花入、向付、鉢、香合などを注文し作られたのが、粗厚で風韻のある古染付系で、いまひとつは明の天啓年間(1621~27)に焼造された優品とみられていた。
近年、タイ西北部より大量の染付や赤絵が発掘され、その量と質により、また福建省平和田杭窯の調査などにより古染付系のものは景徳鎮や福建省漳州などから主として東南アジアに輸出されたものと判明した。
日本から注文したとされた茶道具類も、相当な数が出土していることから、注文説は覆がえり、当時の中国陶磁器は、主として東南アジアに渡っていたことが裏付けられている。
作品解説
時代 17~18世紀
タイ・オムコイ出土品
口辺に僅かな歪みを持つ赤絵鉢である。
菊と牡丹の草花文様は華やかな赤絵で描かれている。
絵には雅拙味が有り、腕の良い画工が描いた雰囲気が残る。
経年のため赤絵部分の風化、高台周りには窯キズと欠けがあるが、肌も美しく完品といえる。
胎土、釉薬、作り、焼成などから福建省漳州窯作品と考えられる。
洗浄済。
サイズ
径:14.8~15.8 高さ:6.6センチ
№C-4
タイ出土 中国明・古染付海老形変形皿17~18世紀
古染付は、中国の明朝末期に景徳鎮民窯で焼造された青花磁器。
古染付の呼称は、日本で近代になってからのもので、江戸時代には南京染付といわれていた。
古染付のものは2種に大別されるという。
その一つは碗、皿、鉢などの日常食器であり、造りは薄手で、見込にはいかにも飄逸、軽妙洒脱な絵模様が描かれているのが特色で、この文様に魅力を感じた江戸初期の茶人が、景徳鎮窯に水指、花入、向付、鉢、香合などを注文し作られたのが、粗厚で風韻のある古染付で、いまひとつは明の天啓年間(1621~27)に焼造された優品とみられていた。
近年、タイ西北部より染付や赤絵が発掘され、その量と質により、また田杭窯の調査などにより、素三彩、交趾、古染付系のものは景徳鎮や福建省漳州などから主として東南アジアに輸出されたものと判明した。
日本から注文したとされた茶道具類も、相当な数が出土していることから、注文説は覆がえり、当時の中国陶磁器は、主として東南アジアに渡っていたことが裏付けられている。
発掘された大量の古染付は完品が多いことから、我が国に渡った古染付の虫喰い物は、当時は「珍しい品」であり、後から侘びがあると意味付けされた可能性が高い。
タイで発掘された宋、元、明、清初の中国陶磁器は、世界陶磁史を変える可能性を秘めている。
作品解説
時代 17~18世紀
タイ・メソート出土品
海老の形をした変形の大き目の皿で、ユーモラスな顔と形をしている。
デザインの優れていることもさることながら、料理を盛り付けてみたくなる姿である。
経年のため僅かな風化は見えるが、欠けもなく、肌も美しく完品といえる。
高台内には砂が混入し、砂の上に置いて焼成したことが解る。
胎土、呉須の色、釉薬、作りなどから景徳鎮民窯作品と考えられる。
洗浄済。
サイズ
タテ:26.2 ヨコ:15.2 高さ:4.1センチ
№C-5
タイ出土 中国磁州窯・梅鉢文茶碗16~17世紀
古来、絵高麗といわれていた茶碗である。
実際は中国宋~明にかけて磁州窯で焼造されたもので、絵高麗といわれたのは戦前の陶磁研究の草創期に磁州窯作品が朝鮮半島から沢山出土し、高麗時代の作と考えられたことからこの名がおこったという。
近年、タイ西北部より磁州窯の大きな瓶や壺類が発掘され、その中に七星文(梅鉢文)の茶碗も多く出土した。
ヒナタとカゲといわれる色違いの平茶碗である。
作品解説
時代 16~17世紀
タイ・オムコイ出土品
赤く粗い胎土の上に白化粧土を掛け、鉄釉の上に七星(梅鉢文)を描いている。
いわゆるカゲの絵高麗梅鉢文茶碗とされたものである。
意匠は斬新で、白と濃紺のコントラストが目を惹く。
見込み底は蛇の目に釉を抜き、重ね焼きをしたことが判る。
僅かに化粧土のひび、窯キズがあるが良品といえる。
茶事や茶会で話題に上がる一碗といえる。
使用に際しては洗浄を要す。
サイズ
径:14.8 高さ:5.6センチ
ただいまの出品につきましては
ヤフオク
ギャラリー珎玄齋
https://auctions.yahoo.co.jp/seller/g_chingensai
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