日本のすがた・かたち
江戸時代中期に書かれた秘伝書数冊、大判の図面十数枚が眼の前にあります。
日頃、木の建築を設計する際に傍で対話をしてくれている伴侶です。
和紙に手書きの折本になった秘伝書(木割書・きわりしょ)は、美しい建物を造るために先人が苦心をしてまとめたものです。
木割りは建築部材の寸法を比例按分で定めたもので、歴史は飛鳥時代まで遡ぼり、室町時代に纏められ代々の秘伝とされ今日に遺されてきたものです。
我が国の代表的な木造建築にはこの木割が多用され、独自の様式美を伝えるものです。
先人が美しさを追求してきた結果の技法を用いると、調和のとれる各部材寸法が抽出され、私には大変参考になっているものです。
和紙を貼り足し、墨で描いてある線や文字は説得力に富み、デジタルの危うさとはまったく逆な存在感を放っています。私の周りで信頼に足る最たる資料といえます。
もう30年以上、この秘伝書を和紙に写しては、図面に語りかけ、幾つものヒントを得てきました。
手書きのためか、書いた棟梁たちとの問答をしているような錯覚にさえ陥る時もありました。
現在、私はこの秘伝書の現代版の作成に取り組んでいます。
内容は、先祖が縄文時代から造り続けてきた木の建築の造り方教本となることを目指すもので、私が40年間に学び、教えられ、実践してきた建築の造営の仕方の記録です。
3年前から取り組んでいる、「三島御寮」造営計画の基本設計がそれにあたりますが、どのような構想に基づいて設計をしたか、そのすがた・かたちは何か。また、どのように材料を調達し、どのように考え造っていけば完成するのか、などの仕様を記述し、後々の志ある人たちの参考にしてもらえることを目標としています。
先人は有史以前から生活を営み、雨露をしのぐために住まいを造ってきました。
その何万年という蓄積が今日に至っているものです。
生活の仕方や風俗、風習は時代の変化によって変わって行くものですが、後の時代に遺せるような建造物を造ることは、いつの世も変わらない思いのようです。
時が激変して残らないデジタルの速度と真逆のような造営計画ですが、先人のお蔭で今日残っている古き良き木の建築造営が、自然界のリズムに沿った営みの一環であるとの確信するものです。
すべては、穏やかで美しい生活をするための装置造りで、それが、先祖が伝えてきた大切な遺言であると、眼の前の秘伝書を見て新たな思いに駆られています。
三島御寮造営の準備を担う新会社も設立して頂き、自身の様々な身辺整理もほぼ終わり、いよいよ集中して設計に取り組めそうな環境が整ってきました。
私が信じられるのは情報ではなくて、手でものを生み出してきた人たちです。
日本人の優れた記憶を伝えてきた先人に倣い、自分もその一員になりたいと思う一念です。
写真上: 折本「木割書」の部分三、~九、まで(一、~二、までは欠損)
下: 書写し木割書(自筆36年前)
TP: 「木割書」(タテ15.2×ヨコ15.2cm 長さ約3.⑻m)