日本のすがた・かたち
今年の桜の花が散る頃に、茶事に招かれました。
場所は、伊豆半島の東、伊東の先の大川。三畳台目の席に3人の客でした。
個人的に招かれるのは久しぶりで、ご夫婦心づくしの一会でした。
会社を退職されたご亭主は、茶事をする楽しみを得て、奥さんと茶三昧の日々を過ごされているようで、久しぶりに典型的な日本人の振る舞いに接し、心豊かな一日となりました。
この正午の茶事には印象深いものがあり、中でも心に残ったのが、中入りの際の花でした。
普通は前席では床の間に掛物を掛け、初炭、懐石が済んで、主菓子、中立ちとなり、一旦露地に出て、銅鑼の音の向付を受け、再度の席入りとなり、席中の床の間の掛軸は外され、花入に茶花が入り、床の間の中央壁などに掛けられるものです。
床の間には「花」と墨で書かれた前衛風の大字が掛けられていました。
露地には大きな桜の木があり、すでに満開を過ぎて散り急ぐかのような風情でしたが、席中に以外や書いた文字の「花」とは。
床前に進み表具なしの書を拝見すると、掛物の右上に何やら漢詩が小文字で…。
「雪月花時最憶君〈せつげっかときもつともきみをおもう〉」と有り、その花の一字が大きく書かれていたのです。
唐の詩人白楽天が詠んだ「殷協律に寄す」は、私が高校生の頃からの愛唱詩のひとつで、まさかそれを知っていての上の趣向では、と思わせるほどの驚きと嬉しさでした。
花は露地にあり、花心は席中に……まさに是好時節。
この一会に応えて、今年の冬の茶事にご夫妻をお招きしようと準備を始めました。
茶道具に今年の窯から出たものを使い、この土にはインド・ブッタガヤ「尼蓮禅河」の砂が入っていると話しをしよう。そう思いながらこの日の茶事に向けて茶杓を削りも始めました。
茶事は、夜陰に紛れて行う「夜咄」で。
和ろうそくの灯が、一会を幻想の世界へと導いてくれるはずです。
(印影 「雪月花の時 最も君を憶う」自作陶印 写真 「夜咄」濃茶 )