日本のすがた・かたち
先日、若い人たちに交じり筆を持ちました。
日頃は独りで書くことが多いのですが、この度は若い眼の中でのことでしたので少々緊張しました。
大きな和紙、古端渓の硯、枯れた松煙墨、大量に磨った墨汁、極太の筆、筆架、毛氈、即席の文鎮、高貴な墨の香り…。
鷲づかみの筆で書いたのは、「名蹟守(めいせきもり)」。
現在、私が一番関心を寄せている言葉です。
長いこと設計の仕事に就いていますが、常に脳裏によぎるのが「名蹟」で、「この仕事は将来の名蹟になるのか?」、という問いです。
完成後、関係する人たちに大切にされ、長い間使われて行くのか、という問答です。
建築はその時代を映すもので、思想、人心、材料、技術、維持管理などの集積物という側面をもっています。
使うエネルギーや材料に無駄はないか。直ぐに産業廃棄物になりはしないか。新たな文化を担い発展させて行けるようなものなのか…。
名蹟とは後の人たちが守り育て、文化を発信して行くことのできる建造物といえます。これは、今までにあった優れた物事に新たな1ページを加えて行く行動で、私はこれを「伝統」と呼んでいます。
伝統に生きるとは常に明日に生きるということで、後の人々が健やかに生活できることを基としているものです。
私は二十年ほど前から名建築の改修設計を通じ、「伝統」を深く考えるようになりました。
それからは、縁有る設計に就く毎に、この「伝統に照らし合せながら」、を心掛けるようにしています。
先人が遺した優れた名蹟を、また後の世に伝え、継承して行くことは、伝統に生きることと同意義です。
建築家の大きな役割として伝統を守ること、つまり「名蹟守」となることこそ未来を生きることになると考えています。
名蹟となるような建築を造るため、今ココを精進して行こうと思う昨今です。